市民のための美術入門3、抽象絵画のすすめ

描いてみたい人のための抽象絵画の考え方や描き方や入り方などについて、できるだけわかりやすい言葉で書いていきたい。姉妹編「1、油絵のすすめ」「2、デッサンのすすめ」とで「絵画とは何か」にも行き着きたい。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

 具象絵画でも同じことが言い得ると思いますが、取りわけ、抽象絵画の存在価値は新たな空間の創造にあると思っています。何度も書いてきましたが、絵画における創造とは意味のない空間をリアリティーのある空間に変えることです。見慣れた空間を作り出すのもその一つの方法かと思いますが、全く新しいこれまでには無かった新鮮な空間を提示できればそれが本当の意味の創造活動だと思います。空間構成(コンポジション)や表現性の追求で、見る者の目にその存在を直接訴えかける新たな空間を創造することが抽象表現の使命だと思っています
  1. 2013/04/08(月) 09:45:07|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

秋のシーズンが終わって

 目下120号で行き詰っています。焦ってはいけないと思いながら、この調子では来年春の行動と汎美の二つの展覧会に出品作を揃えられそうもないと言う不安に取りつかれています。原発シリーズでこの秋までは割に制作が活発に進みましたが、その興奮も醒めて、停滞期に入ってしまっているようなのです。あるいは老化による下降なのかもしれません。
 その上文章の方も書けなくなっています。市民のための美術入門シリーズの「1、デッサンのすすめ」「2、抽象絵画のすすめ」は絶版になっていた旧著の再版だから何とかなりますが、新刊になる「3、油絵のすすめ」のためにはまだ原稿の必要枚数がが不足しています。前の2冊における「おわりに」のようなまとめの文章を書こうと思っているのですが、もう言うべきことは言いつくしいて、それ以上のことは思いつけないし無理に書いてみても味もそっけもないつまらない文章しか書けないようなのです。これも老化のせいかもしれません。
 さらに汎美の会員便りに毎回書いてきたエッセー「思いつくままに」もあるのですが、これも何を書いてよいやらさっぱり見当が付きません。困ったことです。

テーマ:art・芸術・美術 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2012/10/16(火) 09:00:20|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

 平壌市民が号泣している。真情からなのだろうか。将軍様のおかげで裕福な生活を送れている一握りの人たちを集めて泣かせているのかもしれないし、下手な表情をして収容所送りにされないように一生懸命泣いているのかもしれないなどと勘ぐってみたくもなる。依然として田舎は荒廃し餓死者が後を絶たないという話も聞こえてくるし、軍備ばかりに金が使われているのだともいわれる。
 もっともあれだけ情報が統制された密室のような国で、独裁者が神様に祭り上げられている状況は、戦時中の日本だってそうだったのだし、私も忠良な軍国少年だった。独裁権力というものは恐ろしいものだ。今年、中東のアラブ諸国では民主化のあらしが吹き荒れたのだが、お隣では独裁者の病死が何らかの転回点になるのだろうか。残念ながら民主化の方向へ進むとは思えない。せめて内部の権力抗争などが周辺国にまで禍をまき散らしたりしないでほしいと願うくらいのことか。
 もうすぐ年が暮れる。大変な年だった。東北などの被災地だけでなく国全体が大きく傾くくらいの災厄の年だった。そんななかで政治の動きはまた何ともかったるい。表向きだけの事故終息宣言は出されたが、いまだに放射能をまき散らしていて、大量の汚染水の持って行き場もない原発もそのままで、被災地の復興の対策もたたず、そこに山積みされた瓦礫も、除染の廃棄物の持って行き場もないままに新しい年を迎えようとしている。世界的な不況はじり貧の方向を変えず、経済は沈み込むばかり。新しい年を迎えても「おめでとう」なんていえる気分ではない。それでもいまのところインフラが整った国で、民主憲法に守られて生活を続けていけるということは、誠にありがたいと言わねばなるまい。その目で見れば政治がふらふらしているとしても、下手に強力なリーダーにあらぬ方に持って行かれたりするよりはましなのかもしれない。幸い私には描くという世界があって、その世界にはまだまだ追い求める希望の灯がある。
  1. 2011/12/20(火) 09:18:35|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

 ブリジストン美術館の野見山暁冶展を見て、強い印象を受けた。90歳にしてなお矍鑠として200号くらいの大作をどんどん描いていらっしゃる。たまたま読んだ対談記でも何の衰えも感じさせないし、3.11の被災地も6日間かけて取材してきたとか。私もそのくらいまで同様に描けたらと思うが、体力的にも脳力的にもまったくおぼつかない。
 もとには具象的なイメージがあるようだが、今やまったく抽象表現主義的な表現になっていて、イメージを、描きながら自由に発展させていくやり方は、私のイキアタリバッタリズムに近いと感じる。ただし彼は油で描いており、私はアクリルだから作品の相貌は全く異なる。それに黒を基調にした色彩感覚においても。
  1. 2011/11/20(日) 09:47:26|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

関西

 大文字送り火見物に誘われて、久しぶりに京都と大阪に一泊づつしてきた。京都では祇園の花見小路と八坂神社と先斗町を、大阪では法善寺から心斎橋辺りを歩いてきた。晴れて暑い日であったがどこも人出で賑わっていた。どちらの町でも東京とは異なる色彩感覚を感じた。
 花見小路や先斗町では粋という感覚がどんな色彩なのかを考えさせられた。侘びやさびとだけではない、赤を主体とした思ったより派手な色彩の組合わせを見た。宗達や光琳を生んだ下地が今に生きているにちがいない。大阪の道頓堀界隈は活気に満ちていた。店ごとの派手な看板もさることながら、夏だから露出の多い女性たちの、服装の色彩が東京とは違う活気に満ちた雰囲気を作っていた。新宿や渋谷や六本木と思い浮かべてもかなわないなと感じ、実際、こちらに戻ってきて帰宅の途中、電車の中での色彩の乏しさに驚いたくらいだ。色彩が町を活気づけ、それがまた人々の気分を煽り立てているのだろう。
 私は東北で育った。色彩の更に乏しい街だった。しかし私は四国の生まれであったし父親のルーツは九州であったからか、原色を好み、それで作品を作った。東北の町では不評であった。
 日本は南北に長い島国であるから、南に行くほど色彩が鮮やかになるのではないかと思う。古来商業の盛んな大阪辺りでは広く南の国との交流もあったのだろう。そこから一段と活気に富む色彩感覚が生まれたのではないか。ときどき異なった地域で異なった色彩感覚に接することは、絵を描く者にとっては大変良いことに違いない。
  1. 2011/08/21(日) 08:41:40|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1
前のページ 次のページ

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。