市民のための美術入門3、抽象絵画のすすめ

描いてみたい人のための抽象絵画の考え方や描き方や入り方などについて、できるだけわかりやすい言葉で書いていきたい。姉妹編「1、油絵のすすめ」「2、デッサンのすすめ」とで「絵画とは何か」にも行き着きたい。

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個展終わって

 展覧会はお祭の一種だと思うことにしています。年に一度お神輿担いでわっしょいと燃焼し、他人と交流する、そんなお祭と同じようなものと。
 公募展やグループ展ではまず仲間同士の交流があります。行動展などでは、日本中から集まってきてお互い久闊を叙するというような情景が繰り返されます。お神輿であるところの作品を担いでの他人との交流。作品は作者の内面世界の表現ですから、それを背景にしての他者へのアクセスが期待されます。
 そして終わればまた孤独に返って、数日間のはしゃぎも消え、元の木阿弥かなという無力感が残ります。お祭なら地域の人々の連帯心が醸成され、次のお祭までの間の各人の心の支えになります。そして次の祭への期待が地域の連帯心を更に強いものにしていきます。
 個展の場合はどうでしょう。特に私の作品のような勝手気ままに描いてきた抽象作品にたくされた表現が見る人の心にどれだけ伝わってくれたのか、その辺はさっぱりわかりません。若い頃は問題作を披露して世に衝撃を与えてやろうとかいった意気込みがありましたが、近頃は折角表現としての作品を作ったのだから、発表しなくては意味が無いなと言うくらいの気持ちしかありません。
 しかし、結構多くの方々に見ていただいて、いろいろ感想なども伺って、少なくとも多くの作品を一堂に並べた甲斐はあるのです。一つ一つの作品がお互いとの関係の中で、それぞれの意味を持って見えてくると言う収穫は得られます。それが次の制作につながる何らかの判断を生み出してくれるようなのです。
 さてこれからどうして行きましょうか。何をいかに描くべきなのでしょうか。理想としてはウングワレー女史のように無心に描くこと。彼女の場合は夢中になって描くうちに自然に、宇宙的な生命といった根源的なものにつながっていた。現代のこの異様な時代に生きる私は無心に描くことで、何かに結びつくことができるのでしょうか。
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  1. 2008/07/25(金) 10:16:34|
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