市民のための美術入門3、抽象絵画のすすめ

描いてみたい人のための抽象絵画の考え方や描き方や入り方などについて、できるだけわかりやすい言葉で書いていきたい。姉妹編「1、油絵のすすめ」「2、デッサンのすすめ」とで「絵画とは何か」にも行き着きたい。

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思いつくままに16

 ここに必要な能力を、私は「デッサン力」だろうと思います。「デッサンのすすめ」のほうで書いたとおり、デッサン力とは描写の技術ではなくて空間の認識力であり、一定の広がりの全体を認識してそれを活用する能力だと考えています。そして、それを養うためにあるのがデッサンと言う感覚のトレーニングだと言ってきました。ここから逆に考えていけば,デッサン力の本当の意味での発揮の場所としては、抽象絵画こそそれにふさわしいのではないかと思えるのですがいかがでしょう。
 抽象を描くならせめて、今描く形がキャンバスの全体の中でいかなる位置にあり、どのような働きを持っているかを理解するだけの空間認識力が欲しい。がしかし無いものはないで、しょうが無い。無くても何とかなるものかどうかはそれをやって見なければわからない。
 例えばアンリー・ルッソーのように、いわゆるものの形が正確に描けなくても、空間認識力をしっかり持っている人もいるのです。それに線の遊びのような空間構成のトレーニングも一種のデッサンと考えるなら、思いつくままにいきあたりばったりに塗りたくって、気に食わなければ塗り消して描きなおすなどしていくうちには、自然にデッサンのトレーニングになるでしょうから、枚数描くうちにはだんだんと空間と言うものが見えてくるでしょう。
 File0333.jpg


 描いたり消したりしながら、空間としての完成に近づけていく。この過程を私は「キャンバスとの対話」と名付けています。私がこう描こうと思っていても、キャンバスは私の対立者として、自分自身の空間としての完成を望んでいるのだと考えることができるます。そこで両者の対話が必要になるのです。両方ともが、生きねばならないのです。私とキャンバス(空間)の両方が。
 私は画面の上に、自分のイメージを自由に膨らました自分ひとりの王国を築き上げたいと思うが、一方のキャンバスは一個の美しい緊密にまとまった空間として、完成しなくてはならない。どちらが優先されるものでもない。両者の対等な対話のうちに、イメージが決定されていかねばならない。
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テーマ:抽象絵画のすすめ - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2006/12/21(木) 09:38:17|
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