市民のための美術入門3、抽象絵画のすすめ

描いてみたい人のための抽象絵画の考え方や描き方や入り方などについて、できるだけわかりやすい言葉で書いていきたい。姉妹編「1、油絵のすすめ」「2、デッサンのすすめ」とで「絵画とは何か」にも行き着きたい。

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おわりに2

 今では美術表現には「個性」が欠かすことの出来ない要件になっています。かつては、先生から弟子に受け継がれる「技術」が主役で、それを習得することがアーティストの第一の目標でした。しかし今、レオナルド・ダ・ヴィンチでもベラスケスでもレンブラントでもゴヤでも、そのものすごい技術に驚きながらも、我々にとってはそれぞれの個性の輝きに、彼らの才能の価値を認めています。
 ましたや現代の、無数と言って良いほどのアーティストたちの中では、より際立った個性に惹きつけれます。手先の器用さや技術の見事さも、今では一つの個性としてしか考えられません。うまければそれなりの、不器用な人にはまたそれなりの個性的な表現があってよいというわけです。しかしこのような個性万能のように見える時代にありながら、一方で無個性化がどんどん進んでいるなどとも言われています。個性とはなんなのでしょうか。
 小学校でも中学校でも、個性の尊重が叫ばれていますが、子供たちにとって本当に必要な個性とはなんなのでしょうか。確かに強制や画一化は困りますが、自由に勝手に生きることがそのまま個性の発現なのでしょうか。例えばこんな子供が図工や美術の授業で増えてきています。いいかげんにちょっと描いて投げ出して「私がこれでよいと言うのだから良いじゃない」と言うような。またある高校で生徒の要望を受け入れて制服を廃止したら翌日から学校中に同じような黒の革ジャンがあふれてしまったとか。今も続いている制服のミニスカート化や一頃全国的に広がって長く続いたルーズソックスとか言うような女学生のスタイルの画一化。本当の意味で自分は自分なりの独自の判断をもてると言うことは、そう簡単なことではないのです。
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  1. 2006/12/29(金) 08:54:00|
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第6章おわりに

 このブログは絶版になっている旧著「市民のための美術入門2、抽象絵画のすすめ」に沿って書いてきました。そのつもりで以下を読んでください。

 さーて、ここまで書いてきて・・・・私は何を書いてきたのかなと思います。なんだかまとまりの無い本になっように思います。同じことを繰り返し言っていたような気もします。部分的には理屈っぽくなった所もあるようですが、あらたまって抽象絵画とは何かとかその本質についてとか書こうと思ったわけではありません。実際に始めて描いてみようという人のために、いくらかなりと手がかりになることをと思って書いてきました。
 抽象絵画が描きはじめれてからほぼ100年が経ちました。その間にいろいろな角度からこの芸術は論じられ紹介されてきました。評論や解説や作家論などなど多種多様な本が書かれました。しかし一般の初心者向きに描き方や考え方を書いた入門書はあまり無かったのではないかと思います。ましてやデッサンの入門書と共に抽象絵画を描くことをお勧めする、などと言うのは無いと思います。
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  1. 2006/12/28(木) 09:22:46|
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思いつくままに21

 近頃は何でも良いから目新しいことをやればよいんだと言うような風潮も感じられます。その上そのような動きの背後に国際的なアート市場の要求のようなものも見え隠れしていて、そうなるともう美術展ではなくてこれはちょっと風変わりなショーとか遊園地でしかないのではないか、と言うような気持ちにさえなります。創造とか表現性とかリアリティーの確立とかいった美術の本来の目標も薄れてしまっていくのかと心配になります。あるいはそろそろ20世紀を彩った実験と発見の至上主義も反省期に入っても良いのではないかなどとも考えます。
 とは言え、私は決して単なる回顧や復古を奨励するつもりはありません。時代は変転し、めまぐるしく人間の意識も変革を迫られていく以上、その時代にふさわしい新しい表現のあり方が常に問われ続けなければならないのは当然です。十年一日のごとくに旧態依然とした壁掛け装飾向きの作品を、ただそのほうがお金になるからと描き続けている絵描き集団の仲間入りはしたくないものです。常に自分を革新し、新たな発見を表現していこうと言う気持ちは常に持ち続けたいものです。そのための実験精神はやはりどこまでも必要です。
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  1. 2006/12/27(水) 17:08:27|
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思いつくままに20

 ダダイストのマルセル・デュシャンが、どこにでも売っている陶器の便器や金物のビン干しにサインを付けて作品として展覧会場に並べてから、美術作品はオブジェ(単なる意識の対象物)であると言うことになり、絵画とか彫刻とかいう区別の仕方も美的価値も表現的価値も必要と考えない、単なる面白い(意識に刺激を与える)ものを作る方向も、一つの芸術表現分野として広がりました。
 またしばしばこれまでも挙げてきたポロックなどのアクションペインティングは、技法的には既にそれほど目新しいものではなかったのですが、規模を大きくすると言うことで全身的な行動を絵画表現の技法の中に取り込んだことで、画期的な実験になりました。
 写真の導入などの他の分野の技術の導入もいろいろと工夫されて、彫刻や建築、音楽や演劇映画映像などとの共同で作品を作り出す試みも増えてきました。更には自然科学やハイテク技術との連携分野もどんどん開拓されつつあります。
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  1. 2006/12/26(火) 09:43:56|
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思いつくままに19

 ところで、「壁のシミの中に風景を見いだすことが出来る」と言ったのはルネッサンスの大芸術家レオナルド・ダ・ヴィンチでした。もう500年も前のことです。制作の上で最も一般的に行われる発見としては、このように自然の中にある、あるいは偶然に出来た形の中から何かを発見していくと言う過程があります。
 私も子供のころに寝室の天井板の木目に奇妙な顔のような形を感じておびえた経験がありますが、シュールレアリストのマックス・エルンストはその木目をそのままキャンバスに写す方法を見つけて、フロッタージュと名付けそれを基にした作品集を出版したりしています。その他デカルコマニーやドリッピングやマーブリング等の幾つかの同様の効果をもたらす技法については既に書きました。
 20世紀の美術を彩る「実験と発見」には、これらに関連した技法上のあの手この手の実験や発見があり、キュービズムやダダイズムやシュールリアリズムの流れの中で次々と花開きました。この場合発見されるのは単なる目新しい技法ではありません。その技法によって生まれる形体なり色彩なりが、作者の内面に衝撃を与え、新しいイメージを喚起することではじめて創造的な意味での発見になるのです。つまり、発見されるべきは技法によって喚起される内面の新鮮なイメージなのです。これが無ければただいたずらに技法をいじくっても意味はありません。
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  1. 2006/12/25(月) 09:40:13|
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思いつくままに18

5、実験と発見
 いささか旧聞に属することですが、ひところ「芸術は爆発だ」と言う言葉がはやって、岡本太郎さんがTVコマーシャルに出たりしてました。この言葉はきっとピカソが言った「芸術は発見だ」を下敷きにしているのだろうと思われます。ことごとにピカソを引き合いに出し、それに挑戦するような姿勢を見せていた太郎さんのことですから、なおさらそう思えます。ただし私には「爆発・・・」は一見わかりやすいけれども、結局気分的の域を出ない発言に見えまして、「発見・・・」の方が表現の方法論を具体的に示唆しているだけに、またピカソの作品や行動の中にしっかり跡付けられることでもあって、その後の美術の流れにもはっきり影響を残していますので、どうもこちらの方が一枚上手であったと思えるのですが。
 例えばピカソ自身、キュービズムに到達するまでに、古代エトルリアの彫刻やアフリカ黒人芸術を発見しておりますし、あるいはアンリー・ルッソーも発見したわけで、それらの発見はいずれも美術史上の重要な事件であったのです。この場合の「発見」とはただ単に「見いだす」にとどまらず、もっと積極的に主体的なものであり、そのことによる世界観の変革を伴う様なものでありました。実際にピカソはそれらの発見のたびに見事に自己変革をなしとげ、その都度新たな創造の世界を切り開いています。
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  1. 2006/12/23(土) 11:15:13|
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思いつくままに17

 描きはじめにおいては、ふとひらめいた一辺の色彩とか形でも良いのですが、もっと盛大にキャンバス全体を汚してしまうなんてのも良いでしょう。汚してムラを作って、そのムラからイメージを呼び出すのです。
 汚し方にはいろいろあって、木炭で思いつく形をどんどん描きこんでみるのも良いし、アクリル絵の具を画面上にぶちまけて半乾きの段階でふき取ったり水で洗ったりなんてのもある。もっとも汚すといってもその材料や色の選択の段階で、既に作者のそのときの好みが入っているので単なる汚しともいえないのですが。
 その結果の汚れてむらむらになった画面を見ていると、こちらのイメージが刺激されてきます。その中に気に入った形なり色なりがあればそれを強調すればよいし、もっとこの辺を暗くしたら良いとか、赤くしたら良いとかこの辺にある動きの感じを生かそうとか殺そうとか。これで対話が始まったわけです。あとはこちらが一筆加えれば、あちらから今度はこうではないかと誘われると言う感じで、次の一筆がなんとなく決まってくる。それを繰り返すのがまるで対話のようだと言うことです。
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不幸な出会い(F100号) 【“思いつくままに17”の続きを読む】

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  1. 2006/12/22(金) 10:42:38|
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思いつくままに16

 ここに必要な能力を、私は「デッサン力」だろうと思います。「デッサンのすすめ」のほうで書いたとおり、デッサン力とは描写の技術ではなくて空間の認識力であり、一定の広がりの全体を認識してそれを活用する能力だと考えています。そして、それを養うためにあるのがデッサンと言う感覚のトレーニングだと言ってきました。ここから逆に考えていけば,デッサン力の本当の意味での発揮の場所としては、抽象絵画こそそれにふさわしいのではないかと思えるのですがいかがでしょう。
 抽象を描くならせめて、今描く形がキャンバスの全体の中でいかなる位置にあり、どのような働きを持っているかを理解するだけの空間認識力が欲しい。がしかし無いものはないで、しょうが無い。無くても何とかなるものかどうかはそれをやって見なければわからない。
 例えばアンリー・ルッソーのように、いわゆるものの形が正確に描けなくても、空間認識力をしっかり持っている人もいるのです。それに線の遊びのような空間構成のトレーニングも一種のデッサンと考えるなら、思いつくままにいきあたりばったりに塗りたくって、気に食わなければ塗り消して描きなおすなどしていくうちには、自然にデッサンのトレーニングになるでしょうから、枚数描くうちにはだんだんと空間と言うものが見えてくるでしょう。
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  1. 2006/12/21(木) 09:38:17|
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思いつくままに15

4、キャンバスとの対話
 音楽を聴いたりして、試みに抽象絵画を描いて見た人は、思ったより簡単に抽象絵画が描けたので驚きます。なんとなく塗りたい色を描きたい形に描いてみても、多くの方がなんとなく抽象絵画らしいものを作り出します。そこで喜んでもっと描いてみようかと思いますが、小さいものなら良いのですが、少し大きな画面に描こうとするとどうもうまく行かない。それを未熟な腕(技術)のせいにしたり、イメージの貧困や感覚の鈍さのせいにして、やはり「抽象は私には無理よ」とあきらめてしまう人が多いようです。
 そこで先に書いたイキアタリバッタリズム。と、行きたいところだがこれもなかなか思うようには行かい。イメージが思うように湧いてこない。膨らんでこない。何か頼りなくなってしまって、どこにどう塗れば良いのかわからなくなってしまう。
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  1. 2006/12/20(水) 09:42:48|
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思いつくままに14

 私自身は、はじめて個展を開いた20歳前後のころから「作品の完成がイメージの完成である」と考え、そのように人にも説明してきました。はじめはごく小さなものや漠然としたものでよい。それを描き出してみることだ。一本の緑色の縦の線であったり、小さな赤い斑点などであったりする。それを描いてしばらく眺めていれば、それだけでは済まなくなってきて何か付け加えたくなる。それを描き加えれば更に付け加えたい色や形が思い浮かぶ。それを繰り返していけば結構大きなキャンバス一杯になるまでイメージを膨らますことが出来るだろう。そしてこれ以上付け加えるものがなくなったときが作品の完成であり、そこに表れた色と形の集成が完成されたイメージなのだ。
 これをイキアタリバッタリズムなどとも言ったりしました。この方法なら、イメージや表現の内容のことについて心配することはないので、誰でも大きな抽象画を描けるはずだと思いました。しかし困ったことに、イメージを勝手に膨らませていこうとすると、待ったをかけてくる相手があるのです。小さな絵なら難なく描けても、大きな絵になると無理が生じるのです。そのことについては次に書きましょう。

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  1. 2006/12/18(月) 09:03:11|
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思いつくままに13

 ただし、イメージがはじめにはっきり無ければ抽象は描けないか、と言うのは問題です。
 抽象絵画を展示していますとしばしば「最初に頭の中にはっきりしたイメージがあるのでしょうね」というようなことを不思議そうに聞かれるのです。きっと常人とは違う、言わばキ印に近い頭だからこんなものをその中にもやもやと描くことできるのだろうか、とでも考えるようなのです。
 私は「とんでもない」と答えます。「描きはじめに当たってはたいていの場合平常の人でもしばしば感じる様な、ごく漠然としたかすかなひらめきのようなイメージしかないのです、それが描くにしたがってだんだんと画面の上で膨らんできてこうなるのです」と。
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05‐5・速度と平衡(F200号) クリックして見てください 【“思いつくままに13”の続きを読む】

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  1. 2006/12/16(土) 10:05:34|
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思いつくままに12

3、中身が問題
 先に、音楽を聴いて色と形で表すことをお勧めしました。クレーやカンディンスキーも音楽的なイメージを多く表現しています。今でも多くの抽象画家が音楽を聴きながらそのリズムに乗って制作していると聞きます。音楽の題名そのままを画題にした作品にもたまに出会います。
 私もそのときの気分によりますが、しばしばステレオを鳴らしながらキャンバスに向かいます。必ずしもその音楽のイメージを表現すると言うのではなくて、音楽のリズムに乗って自分の勝手なイメージを引き出していると言ういる場合の方が多いのですが。
 目に見えない音楽は確かに抽象絵画の主題にしやすいものです。もっとも何かに対する怒りとか強い愛情とかの情動、幸福な気分や陰隠滅滅たる気分などなども一定のイメージを生み出してくれることが多いです。
 File0330.jpg
04‐5・たじろぐ(F200号) クリックして見てください 【“思いつくままに12”の続きを読む】

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  1. 2006/12/15(金) 10:27:05|
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思いつくままに11

 例えばミロという画家はシュールレアリズムの画家と考えられていますが、私は抽象表現の最も優れた画家の一人と考えています。彼の作品などは隅から隅まで、ちょっとした斑点やタッチに至るまでが一々想像力を刺激するのですから、言わば文章を読んでその行間に想像を導かれるのに似て、画面の一つ一つの形や色彩を読むことのできる画家だといっても良いと思うのです。
 クレーやヴォルスなども半具象ですが線や面などの形体の持つ表現的な感覚を徹底的に生かしていると言うことでは、抽象表現のお手本と言っても良い画家たちです。彼らも見る者のイマジネーションを刺激して、そこから感動を呼び覚ます作家の代表的なものといえるでしょう。
 純粋抽象でもカンディンスキーやポロックなどの作品には相当に想像力を刺激してくれる要素がありますし、ロスコの単純で巨大な色面からも想像力は強く喚起されるとおもいます。モンドリアンのような徹底した幾何学的抽象絵画からも、ビルの建ち並ぶ街路の上の青空を連想したりすることが出来ます。
 抽象絵画は想像力を自由に遊ばせながら見、同様にして、楽しみながら描くべきだと思います。

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  1. 2006/12/14(木) 09:42:40|
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思いつくままに10

 ところでもう一つの想像の方はどうでしょうか。この言葉はイマジネーションと言う外来語を翻訳してできたのだったと思いますが、連想とか空想とか言う言葉と結びつく人間の大切な精神活動の一つを表しています。しかしまたどうもハイテク映像などの情報洪水の時代に、ますます必要視されながら却って枯渇が心配されている能力のようでもあります。なにしろ、殺されたり傷つけられたりする者の痛みや悲しみを、わが身に引き付けて感じられる者なら、到底できないような凶悪な犯罪や、いじめや暴力などが増えてきているのですから。タバコの吸殻や公共地などでのゴミのポイ捨ても、想像力の無い人の仕業でしょう。結構身近な人間の中にも「想像力の貧困」な隣人や同僚がいたりして困っている人は多いのではないですか。
 夢想や空想とともに他人の気持ち慮るのも想像力の重要な働きです。抽象表現ではそのような想像力を駆使して新鮮な空間を創造することとともに、見る人の想像力をいかにして刺激するかが問われます。
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06-3・羽化へ F120号 【“思いつくままに10”の続きを読む】

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  1. 2006/12/13(水) 12:12:44|
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思いつくままに9

 「美しい」と言う言葉があり、大方の美術作品の価値はこの言葉で表される感動の強さで測られます。美しい空間の創造こそ美術の使命です。しかしその「美しさ」の中身は千差万別、多種多様であります。もともとは醜悪とか汚わいとか考えられていたようなものでも時には美しい画面の中に取り込まれている場合もありますし、ゴッホの作品の美しさとフェルメールの作品の美しさは全く異なった質のものです。
 抽象絵画ではどのように考えたらよいでしょう。美しいものを美しく描くから美しく見えるという具象絵画での常識はここでは通用しません。美しさは全く独自のものとして表れ、画面そのものが美しくならねばなりません。つまり花が花として鳥の声が鳥の声として美しいと言うように、そのキャンバスが一個のものとして美しくならねばならないと言うことです。
 そこに「新しい空間の創造」という美術にとっての基本的な努力が必要になるのです。空間をして人の心に感動を呼び覚ますものに作り変えるにはどうしたらよいか。それが、抽象表現を試みる画家にとっては常に気がかりで、作品の制作の推進力にもなりまた時にはブレーキにもなる永遠の課題です。
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  1. 2006/12/12(火) 17:53:27|
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思いつくままに8

 ところが現代、20世紀になって、カメラの発明などのお陰もあって「そっくり」と言う価値が下落するに従い、創造の意味が変質した、というより本来の姿を現したと言うべきでしょうが、先に挙げたような空間表現上の創造ということになってきたのです。
 確かに考えようによっては、人の手によって作られたものは何であれ創造されたものとも考えられます。タクアンでもお饅頭でも下駄箱や花壇などなど、みんな創造ということになりかねません。もっとも「名人の創造された切干大根」などといわれても一向に美味しくなさそうですからそんな使い方は誰もしませんから良いのですが。それに考えてみればそれらは原料や材料を変質変形させただけで、本当の意味の創造にはなっていません。
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吉田敦彦 03-5・愚行・戦争クリックして見てください
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  1. 2006/12/11(月) 10:40:44|
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思いつくままに7

2、創造と想像
 単なる語呂合わせのようで、この二つの言葉に本来の関連はないのでしょうが、想像力なくして創造はありえないとは言えそうに思います。そして二つとも抽象絵画にとっては、避けて通れない重要な意味を持つものです。
 既にあるものの形を利用して表現する具象絵画では、多かれ少なかれ模倣の技術が作品の価値を左右しますが、その要素と無縁な抽象表現においては、それだけ創造性や想像力の出番が多いはずですから。
 無から有を作り出すような創造は本来、天の神のみに許された業であって地上の人間に取って不可能なことのはずです、と言うようなことは前にも申し上げました。つまり美術表現の上では創造とは意味のないただの空間を人のハートにとって意味のある空間に変えることを意味するのだと。
 具象、特に描写表現では古来この辺りのことがやや複雑でした。なにしろ神の作り出したもうた花や山や人体などをそっくり描くのですから、それは神の業を模倣する行為として、神の手による創造に近い業として尊敬されたり、逆に単なる模倣の技術だけとしてさげすまれたり、と言うようなことがあり、絵画より彫刻の方がいくらか神に近いというような議論もあったりして、先に挙げたような創造とは違った意味で考えられて来たのです。そこから例えば古代ギリシャではピグマリオンの伝説が生まれ、東洋では名人の描いた竜が雲を呼んで天に駆け上ったなどの話が生まれました。またあのダビテ像やシスティーナ礼拝堂の天井画や壁画などで有名な、ミケランジェロが「神のごとき創造者」として当時のフィレンツエの人々に尊敬されたりもしたわけです。

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  1. 2006/12/09(土) 11:14:29|
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思いつくままに6

 ただし考えてみると、感覚が鈍くては感動は出来ないのです。ところが感動は繰り返していないと、どうも感覚の鋭さを持続できないようなのです。これでは堂々巡りです。結局生まれついて感覚の鋭い人はますます鋭くなっていくが、鈍い人はいつまでも鈍いままで居なければならないと言うことになってしまう。
 そこでまた「なんとなく」がでてきます。日常の中でもしばしば出会、ちょっとかすかになんとなく面白いとか良いなーとか、きれいとか変だとか不思議だとかいった感じを大事にしていくことです。そしてそれを何とか表現してみることです。きれいと思ったらそのものの色と形を写し取ってみるとか、そのなんとなく生まれた感動にあった色彩や形を探してみるとか。
 一般的なのはスッケッチとか写生とかいった行為になりますが、そっくりうまく描く必要も無いことなので、それこそなんとなく描いてみることです。恋する人なら恋人の顔を愛を込めて描いてみましょう。記憶によってでもよし、写真を見てでも良し。花や紅葉や山や海や川、既成の風景画などの描き方にとらわれずにその美しさの要点だけでよいから、何とか色と形で掬い取れないでしょうか。言葉で表してみる努力も良いことです。画家で詩や和歌や俳句やエッセイなどのうまい人は多いのです。カメラもそのような気持ちで持ち歩けばよい武器になるでしょう。

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05-12・春憂

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  1. 2006/12/07(木) 08:45:28|
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思いつくままに5

 なんとなくを大事にしましょう。なんとなく使いたい色を、なんとなく塗りたい形に塗って行こうと言う事に、自信を持ちましょう。これが抽象表現の出発点です。そして抽象具象にかかわらず、名作と言われるものならいずれの古今東西の作品でもが、ほんとうは言葉では表せない、「なんとなくよいなー」という部分があるから良い作品なのだということです。レオナルドやレンブラントが数多の同時代の画家たちの中でも飛びぬけた天才と見られるのは、結局なんとなく良いと言うしかないような部分の大きさの問題なのです。
 ところがこの直感、実はそう簡単には生まれてきてくれない、ここで多くのアーティストが悩むのです。結局俺には才能が無いなどといって、首をくくりたくなったりもするのです。要するにおしゃべりの次元での直感はだれにでも出来るのだが、そこからひときわ抜きん出て、独創的にしてしかも誰にでも通じるような直感的な表現を得たいと思うと、それが難しいのです。その辺りのことは、一つには感覚の鋭さの問題です。もう一つは経験の豊かさの問題でしょう。もう一つ、しつこく追求し続けようと言う忍耐心なんてのも必要のようですが・・・・。
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06-1・予震 クリックして見てください
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  1. 2006/12/05(火) 18:54:02|
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