市民のための美術入門3、抽象絵画のすすめ

描いてみたい人のための抽象絵画の考え方や描き方や入り方などについて、できるだけわかりやすい言葉で書いていきたい。姉妹編「1、油絵のすすめ」「2、デッサンのすすめ」とで「絵画とは何か」にも行き着きたい。

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思いつくままに4

 考えてみれば言葉を使う世界、おしゃべりや、手紙や日記を書くときには、それほど人は難しく考えて言葉を選んでいるわけでは無いですね。文法なんかも気にせずに「売り言葉に買い言葉」なんて言うのもあるように言葉が次の言葉を勝手に生み出していくようなものでして、結構直感的に言葉や文字を並べて用を足しているのです。
 言葉で表現できるものの頂点には、詩や哲学とか言うようなものがあるのですが、所詮それらだってもとを正せば直感です。ニュートンはりんごの落ちるのを見て、直感的に万有引力の法則を思いついたのです。なんだか知らないけどなるほどと思い、それを言葉で表してみたら法則になったと言うことです。
 直感とは曰く言いがたい心の動きから生まれてくる言葉のことでして、結局は、ただなんとなくと言う辺りからそう遠くない所で生まれたものなのです。いわば心の中の自問自答、と言うと立派ですが、要するに独り言の繰り返しの中からたいていに思想なんてものは生まれてくるのです。
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テーマ:抽象絵画のすすめ - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2006/11/29(水) 10:12:23|
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思いつくままに3

 そこで「なんとなく」を大切にしなければいけないのです。ただし日常の社会生活の世界でそれをあまり言うと、世の中に混乱を招きかねません。そこでせめてアートの世界だけでも、大切にして欲しいものです。
 そして、ただなんとなく塗りたくなった色でなんとなく描きたいと思う形を描くと言うことが、本当に純粋に絵画的な表現の可能性を持っているということになるのです。「なんとなく」を大事にしましょう。
 以上の話はなんとなくいい加減な所があるようで、本当かなーと思うようなところがありますが、言葉で言うとそうなるのであって、言葉では表せない別の言葉では本当にホントのことなのです。
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02-1・殺すな

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テーマ:抽象絵画のすすめ - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2006/11/28(火) 09:07:49|
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思いつくままに2

 美術館に行くのは決して教養などと言うものを身につけるためではありません。ましてやそれをひけらかすためなどではありません。それは古今東西の優れて感受性の豊かな人たちの表現を受け取りに行くのです。手紙を受け取るように、本を読んだり音楽を聴いたりするのと同じように、それらの人と作品を通して伝わってくる感動を共有することで、広く大きな心の世界に浸ると言う根源的な楽しみを得ることができるから、美術館にいくのです。
 しかし絵画を表現として受け取れない人も少なくありません。壁にかける装飾品、家具の一種くらいにしか思っていない人も多いのではないですか。そういう人にゴッホの絵を見て感動しろと言っても無理です。そっくりに描けてないから下手なんだなどというのです。ましてやピカソや抽象絵画にいたっては、何がなんだかわからないことになります。
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吉田敦彦 02-11・死ぬな クリックしてみてください
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  1. 2006/11/27(月) 09:24:34|
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第5章抽象絵画、思いつくままに

 とにかく描いてみて、いかがでしたでしょうか。「なんとなく抽象絵画みたいなもの」ができませんでしたでしょうか。色彩を自由に使えるようになるためには、抽象的な色彩構成や抽象絵画をやって見ることが近道だと言うことも、お分かりいただけたと思います。
 さてしかし、これで良いのかしらと不安な気持ちが残ります。抽象絵画ってこんなに簡単なものでよいのだろうか。抽象絵画の本質はどこにあるのだろうか。もっと大きな作品にも挑戦してみたいがどうも不安だ。といった方々のためにこの先は何かその辺の不安や疑問の答えになりそうな、と言うよりもそれらのことに付いて考える助けになりそうなことを、思いつくままに書いていきましょう。
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吉田敦彦 06-7・魔が棲む クリックして見てください 【“第5章抽象絵画、思いつくままに”の続きを読む】
  1. 2006/11/26(日) 10:56:16|
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三つの入り口13

 以上で三つの要素あるいは抽象絵画への入り口に付いて、一通り書きました。これまでの抽象画家もこの三つの入り口のどれかから入って行ったのでした。多分全く最初から抽象絵画を描いていたと言う人はいないはずで、描写や具象絵画を描いていて、どれかの方角から余分なものを捨てて行ったりして、その方法をより純粋なものにしようとした結果、抽象表現に行きついたという人が多いと思います。
 ただしいくら純粋化に努めたとしても、三つのうちの一つだけでは作品にはならないのです。この三つはどこかで密接につながっており、お互いに支えあっているのです。例えば音楽を聴いてその感動を表現するにしても、小さな紙に描いているうちは良く見えても、少し大きな作品を描こうとすると、感動だけでは作品にならないことに気付かされることと思います。そのまま拡大すればよいかと言うと、そうは行かず、感動そのものがリアリティを失って希薄になり、とらえどころの無いものになってしまったりするのです。
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  1. 2006/11/19(日) 09:14:18|
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三つの入り口12

 しかし結局言語表現と美術表現とは、全く異なった別なものです。色彩と形体を言語のように扱うことは出来ません。このことは美術作品から受ける感動を、言葉で表現してみようとすると良くわかります。単語をいくら並べてみても、文章をいくら工夫しても、感動の全てをぴったりに表現するのは困難なことです。何しろ美術に限らず、非言語のアートは言葉で表せないものを表現するのが使命なのですから。
 言葉に表せないものを表現することとはどういうことでしょうか。ちょっと考えてみてください、これがなかなか難しいと言うことはすぐお分かりいただけると思います。何しろ人間、通常頭の中でものを考えるには言葉を使わないと考えられないのですから。
 そこで結局美術の表現においては、なんとなくとか直感的にとかいうあやふやな所で、今塗りたいと思う色を選び描きたいと思う形に塗っていくしかない、と言うことにならざるを得ないと言うことになります。つまり言葉で考えたり説明したりしようとしないで仕事を進めるしかなくて、その結果できた作品を自分の内面から生まれた正直な表現として信ずるしかないと言うことです。
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  1. 2006/11/18(土) 09:22:21|
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三つの入り口11

3、絵は表現である
 この本の始めの方に「とにかく描いて見ましょう」ということで、音楽のイメージによる抽象表現の試みをしました。このように目に見えないものを形に表そうというような試みは、造形性の追及やリアリティーの確立とは異なって、作者の内面に生まれた感動を形に表す、つまり「表現」の行為と言うことになります。もっとも、この表現性が効果的に画面を支配していればその作品はそれゆえにリアリティーを持って、見る人の心を動かすのですから、これも作品にリアリティーをもたせる重要な要素でした。
 音楽に次いでやったような「自分の気持ちを色と形で表す」と言うことになりますと、ますます表現性が強くなります。「そのときなんとなく塗りたいと思う色を選んで描きたいと思う形に塗れば、その色と形がそのときの作者の気持ちの正直な表現なのだ」と言うようなことも書きました。なんとなくオレンジ色が塗りたくてその色を筆に付けて、大きく丸っこい形を描きたかったから丸っこいオレンジ色の雲ののようなものを描いたら、それがそのときの自分の気分を色と形で表したものになった、と言うことでそれは表現であり、できたものは抽象絵画である!?
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  1. 2006/11/17(金) 10:35:06|
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三つの入り口10

 しかし彼の作品を見ていると、まるで混沌とした画面の底に、何か作者の造形意識を感じさせる大きな空間に引きずりこまれるような感覚が生まれてきます。絵の具の飛沫が複雑に絡み合って厚みのある空間が生まれているのです。どこに中心や重心があってバランスがどうとかと言ったようなことを超えて、画面全体に大きく広がった確かな空間。そこでこのような表現をオールオーバー(全体を包み込むとでも訳しますか)の表現などというようになっています。
 この場合画家は飛び回り撥ね散らかしながら、直感的に絶えず自らの感覚においてよいと感じる方向に飛沫を散らしていったのです。しかしこれも彼の空間感覚がここにいたるまでに十分に洗練されていたから、これだけ深みも新鮮さもある空間造形の上からも遜色の無い空間創造ができたのだと言うことが言えるでしょう。試みに彼の若い頃の人物デッサンなどを見てみると、それほど手際の良いデッサンとはいえませんが、鋭い目と彼独自の造形意思を感じさせるデッサンです。
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  1. 2006/11/16(木) 09:22:02|
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三つの入り口9

 モンドリアンはバランスやプロポーションや線の性質と言った構成要素に従って、慎重に作品を組み立てて行きました。このようにまるで建築物を組み立てるように、設計図から始めて骨組みへと進むようにして絵画の骨組みから順に組み立てていく画家は他にもいます。抽象でも具象でも、セザンヌ以後の20世紀の画家の殆どが多かれ少なかれこのような画面の構成を心がけてきたとも言えましょう。以下に美しい色彩でも、その配置配合や組み合わせ、あるいは全体的な響き合いなどがうまく行っていなければ、見る人の心をとらえることは出来ませんなから。
 ところが第2次大戦の少しあとの1950年代に「そのような画面構成に慎重な描き方ではイメージが硬く冷たくなって、人間の生き生きとした生命感やこの時代の混沌とした様の表現ができないではないか、もっと生々しく現実を反映する表現があってよいはずだ」ということで、熱い抽象と呼ばれる絵画運動がヨーロッパとアメリカで殆ど同じ時期に生まれ、世界に大きく広がっていきました。
 その最も代表的な画家がジャクソン・ポロックです。この人の作品を見ると全体に絵の具の飛沫が飛び散っていて漠然とした色彩の広がりが出来ているだけでどこに空間の造形要素があるのか分からないようです。何しろこの人は大きなキャンバスを床に広げておいて、その上を飛び回りながら缶に入った絵の具や刷毛に着いた絵の具を振り撒いて歩いたのです。それを繰り返して気の済むまでやっただけなのです。そこでこの制作方法が猛烈な運動を伴う所から、アクションペインティングとも呼ばれるようになりました。

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  1. 2006/11/15(水) 09:01:39|
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三つの入り口8

 画面にリアリティを与える方法としては、古くから人の顔や花の形など意味ある形を描きこむ方法がとられてきましたが、それを避けて純粋に抽象的な線や面で空間を分割していくことでも可能なはずです。先に挙げた構成練習のようなやり方ですがこれが純粋な空間の造形と言うことになります。
 ただしこの方法は単純なようでいて、実際にやってみると小さいうちはまだしも大きくなるとなかなか難しいのです。そこでその進め方の手助けとして、シンメトリー(対称)やリピート(繰り返し)やプロポーション(比例関係)やリズムやバランスやムーブマン(動勢)と言った構成要素があるのです。また絶えず自然の構成の妙を観察してそこから学ぶことが必要になります。
 自然は美の宝庫でありますから、当然美の法則や原理の宝庫でもあります。人の体一つとってもシンメトリーやプロポーションなどなど、実に多様な美の原理をそこから読み取ることが出来るはずです。ということで自然を対象としたデッサンのトレーニングが、ここで生きてくるのです。デッサンは対象の全体から細部にいたる詳しい観察の体験ですし、描くことで対象を分析研究し、体で覚える作業ですから。
 やはり構成も造形も写実と無関係ではないのです。構成の原理と言っても、本をただせば自然の美しい形から導き出されたものばかりです。新たな観察から新たな原理を自分なりに見出していくことも出来るでしょうし、それでこその新鮮な表現も可能になるはずです。

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  1. 2006/11/14(火) 09:15:00|
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三つの入り口7

 さて抽象絵画にもどりましょう。構成とか構図とか言うと先に挙げたようなリピートとかバランス等の構成要素を駆使して、画面上の形体や色彩のまとまりと変化をうまく調和させることを言うのですが、ここでは少し視点を変えて先のリアリティの追及の方向から考えて見ましょう。
 キャンバスも画用紙も一定の広がりを持った空間であるとして、真っ白なキャンバスのようなものはまだ、人間のハート(内面)にとってどうでも良い関係の無い広がり(空間)であると考えられます。これをハートにとって意味のある空間に変える作業を、造形の作業と言います。意味の無かったただの空間を線なり面なり色彩なりで分割したりして、人のハートに働きかけることの出来る新しい空間に変えるということはつまり、画面空間にリアリティを与えるということではないかということです。
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  1. 2006/11/10(金) 10:11:59|
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三つの入り口6

2、構成、造形性
 小津安二郎という映画監督がいました。もう大分前に亡くなりましたが、この方は黒澤と並んで日本の代表的な映画監督として世界に知られています。女優の原節子や性格俳優の笠智衆などを主役に淡々とした平凡な人生の一断面を描いて実に味わいのある映画を残しています。代表作には「東京物語」や「秋刀魚の味」が挙げられるでしょう。
 ただし近頃はやりのハリウッドのサスペンスのようなテンポの速い、次々に見せ場を重ねていくようなものを見慣れている人には、実にまだるっこしくてどこが面白いのかわからない映画でもあるようです。せりふも少なくぶっきらぼうで感情表現も少なく、向かい合って話す人の顔を一々正面からとらえて写したりていします。好きな人でもさてどこに惹かれているのかと考えてみると、良くわからない人がいます。それなのに世界的に見ても、この映画を支持する人が特にプロの映画人の中にたくさんいるのです。
 彼の作品の特徴の一つとして極端なローアングルと言うのがあります。カメラの位置を下げて低い所から見上げるようにして撮影するのです。彼の映画の撮影状況の写真を見ますと、カメラマンは床に腰を下ろして更にかがみこんでファインダーを覗いています。そのアングルで撮られた画面には、一昔前のふすまや障子の多い日本住宅の中を舞台とした場面が良く現われるのですが、それを見ていて、これはモンドリアンではないかと気付きました。柱や梁や障子やふすまなどが実にきちんとした垂直線に水平線の組み合わさった構図が出来ているのです。俳優たちはそのがっちり組み立てられた構図の中を動き回ります。そう気がついて見ると、いずれの場面でも、屋外の風景などでも実に簡潔でしっかりした構図の場面ばかりでした。
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  1. 2006/11/09(木) 10:37:49|
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三つの入り口5

 現代美術ではリアリティーと言う言葉は写実性というよりも現実感とか存在感とか迫力とかいった意味でもっぱら使われています。画面に必然的な存在感を与えるにはどうしたらよいか。これは具象であろうと抽象であろうと、常に現代美術の大きな課題なのです。全ての画家がこのリアリティーと言う言葉に縛られ、あるいはこれを求めて苦闘してきたと言っても過言ではないのです。
 現代美術は今やなんでもありの時代のように見えますが、だからなおのこと、単なる模様や落書きとの違いはそこにしか認められないと言うことで、常にアーティストたちの頭と心臓を支配し続けているのです。
 さてあなたならどうするか。小さな作品なら何とかごまかしが効きますが少し大きな作品を描こうとすると、たちまち画面を空虚感に支配されてやる気を無くしてしまったりしませんか。そこでまた安心のできる具象絵画にもどってしまう人が多いのでしょう。なにしろ何かの形が描いてありさえすれば、そこに意味をもたせることが出来るから、なんとなく意味ありげな作品になってこれは単なるデザインではないと言えるように思えるのでしょう。
 さて、形を描かずにリアリティーのある絵を描くにはどうしたら良いのか。その回答はこの後に続く二つの要素にも、大きくかかわってくると思われます。

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  1. 2006/11/08(水) 09:10:42|
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三つの入り口4

 更に一歩を進めたピカソの作品では愛する彼女(題名はマジョリー、「私のかわいこちゃん」くらいの意味)をモデルにして描いていながら、殆ど抽象絵画に近くなっています。モデルの彼女はこれをどのように見たのでしょうね。
 しかしその後のピカソは生涯に万に近い作品を作りながら、最後まで純粋抽象には手を染めません。彼の作品には最後まで現実の空間感覚や物質感覚、つまり遠近や立体の感じや物質の存在感や質感の表現が残るのです。形態は極端に単純化されたりデフォルメされたりしましたが、ある意味では細部までそっくり描いた写真のような作品よりも、もっと写実的と感じさせるような迫力を伴った作品が多いのです。彼の若い頃に鍛えぬいたデッサン力がそのようなリアリティをを支えていたのでしょうが、また抽象化の巧みさやもの(対象)の本質を見抜く目の確かさがあったと言うことだと思います。それは彼なりのリアリティの要素の維持の方法だったのでしょう。
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  1. 2006/11/07(火) 09:34:47|
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三つの入り口3

 セザンヌの試みを更に大胆に推し進めたのがキュービズム(立体派)の運動でした。セザンヌの残した「自然は円と円筒と円錐から成り立っている」と言う言葉などを手がかりに、ピカソやブラックなどの若い絵描きたちが人体や風景などに思い切った単純化と構成化を施して、殆ど抽象に近い作品を描き始めたのです。
 このキュービズムの運動は抽象絵画の成り立ちにおいて、その基礎の地固めをした大変重要な運動ですからちょっとわかりにくくて親しめないかもしれませんな鑑賞を心がけてください。また真似でも良いからそのような作品を描いて見たりも良いでしょう。
 既にフォービズム(野獣派)の画家として活躍していたジョルジュ・ブラックが、セザンヌの住んでいたエクス地方まで行って描いた風景画が、まるで角砂糖を積み上げたような作品であったため、あきれた批評家たちから立方体派と名付けられた運動です。
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  1. 2006/11/03(金) 10:25:06|
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